鬼さんこちら 手の鳴る方へ
音だけを頼りに、見えないものを探す。
暗闇の中に手を伸ばして。
「危ないからやめろって」
「大丈夫だよ」
俺の視界には今、闇とざわざわした残像しかない。
目隠し鬼しよ、そう言ったのは俺から。
自分でスカーフを目元に巻いて、平衡感覚を失った。
少し離れた先に、お前が立っているのが、
心配する声と香水の香りとで分かる。
「そっちまで行くから、動かないでね」
「なんで急に目隠し鬼なの」
「いーから。…動くなよ」
標的が動かないなんて、鬼ごっこじゃない。
だけどそんなことは何も言わず、お前は立っている。
待っててね。
見えなくても辿り着くから、
待っててね。
「…なんか喋って」
「……こっち、おいで」
今、俺の方に腕伸ばしただろ?
お前ならきっとそうするし、香りが動いたから。
「こっち、ちとせ」
暗闇の中でだって、お前のこと見つけるよ。
俺のこと呼んでくれたら、真っ直ぐ行けるから。
迷わないで済むように、ずっと呼んでて。
「…はい、着いた」
抱き締められて、嗅ぎ慣れたお前の香りに包まれた。
する、とスカーフが解かれる。
「ホント、急に、何言い出すんだか」
瞼に光が当たる。
だけど俺は、目を開けない。
お前の長い指が髪の間を滑る感触と、
腰に添えられた手の温度を確かめている。
「もーやめなね、危ないから」
「………」
「俺、逃げたりしねーから」
分かってる。そんなこと。
でも俺はいつだって追いかけるんだ。
逃げるはずのないお前を、いつだって探して
追いかけて暗闇の中を走るんだ。
お前の声がしないと、俺の進む方向が分かんないよ。
迷わないで済むように、ずっと、呼んでて。
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