「……ちとせ」
無言でファッション雑誌をめくるお前に呼びかけた。
夕方、連絡もなしに突然俺の部屋を訪ねて来て、
「別に用はない」と言いながらずっとここにいる。
「なに」
雑誌から目を上げず、俺に背を向けて座ったまま答える。
不機嫌そうな声でもない、ただ、消えるような声。
今日、大学の学生食堂で2年生(多分)の人たちが
コイツのことを話してるのを偶然耳にした。
『黒崎アイツ、マジなに考えてんのかわかんねぇ』
『てかさぁ、俺アイツ苦手なんだけど。
なんっか融通きかねーとこあるっつーかさぁ、
ちょっとお堅いとこあんだよなー』
『そーそー!だからさ俺言ってやったんだよね、
そんなんじゃ彼氏も出来ませんよーって』
『何だそれウケる!!超女扱いじゃん!!』
『だってアイツ女じゃねーの?あの顔はさぁ』
『うっわー、かっわいそぉ。え、それでアイツどしたの』
『えー?なんか顔真っ赤にして行っちゃったー』
『言い返さねぇのかよ、マジ女々しい!』
人をこんなに殴り倒したいと思ったのは初めてだった。
でも俺は、お前を庇ったりはしないよ。
お前はそれをされても喜ばないから。
自分がヘルプ出してないのに助け舟を出されるのは、
お前にとって屈辱でプライドが傷つくことだから。
自分がこんな仕打ちにあったことを俺に知られることすら、
悔しくて仕方ないことなんだろう。
でも苦しいよな。辛いよな。
他人からの評価なんて全く気にしない素振りを見せて、
本当は人一倍繊細で傷つきやすい人だから。
だから何も話さないんだろ、ここに来たんだろ。
「俺、お前ん事好きだよ」
庇ったりはしない。
でも、その代わり「好きだ」って言うよ。
お前が他人の言葉で傷ついたら傷ついた分、いや、その倍も、
俺はお前に「好きだ」って伝えるよ。
悲しいことなんて埋もれるくらい、忘れるくらい。
何度だって。何度だって。
「すげぇ好きだよ」
「……ん」
いつもは拒絶される台詞。
だけど今は、これしか言いたくないんだ。
お前の背中が震えてるのが分かったから、
俺はそれ以上言うのを止めて、隣に座った。
伏せられた目、濡れた長い睫毛、噛み締めた唇。
ほんの少し顔を背けて、ほとんど聞こえない声で。
「……俺もお前のこと、別に嫌いじゃない」
また可愛くないこと言いやがって、可愛い奴。
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